ザコシとケンコバ不仲説の真相!Nsc11期同期が紡ぐ30年超の熱き絆
ザコシとケンコバ不仲説の真相!Nsc11期同期が紡ぐ30年超の熱き絆の見逃せないポイントを一挙に解説しました。
2人の出会いは1992年、吉本総合芸能学院(NSC)大阪校11期にまで遡ります。同期には中川家、陣内智則、たむらけんじ、烏川耕一といった後の賞レース王者や重鎮がずらりと顔を揃える、いわゆる「花の11期生」と呼ばれる黄金世代でした。その群雄割拠の中で、当初から異質かつ尖ったオーラを放っていたのが、当時コンビ「G★MENS(ジーメンズ)」を組んでいたハリウッドザコシショウ(当時は本名の阪井峰晃)と、コンビ「松口VS小林」を経て「モストデンジャラスコンビ」を結成したケンドーコバヤシでした。
心斎橋筋2丁目劇場やうめだ花月の楽屋裏で、2人はプロレス、レトロゲーム、サブカルチャーといったディープな共通言語を通じて急速に距離を縮めました。当時を知る劇場関係者の証言によると、「周りが売れるための王道漫才に磨きをかける中、この2人だけは客に媚びない自分たちの『おもろい』をひたすら追求していた」と振り返られています。金がなかった若手時代、互いのアパートを行き来しては朝までバカ話を繰り広げ、ネタの批評をし合っていた時間は、現在に至る揺るぎない信頼関係の強固な土台となっています。
その後、ザコシショウは吉本興業を離れ、上京を経て複数のインディーズ事務所を渡り歩くという極貧の下積み生活へ突入します。一方のケンドーコバヤシは吉本興業に残り、関西で絶大なカルト的人気を獲得した後に東京進出を果たし、スターダムを駆け上がっていきました。所属事務所も活動拠点も完全に分断されたにもかかわらず、2人の私的なパイプが途切れることは一度もありませんでした。