昭和天皇の若い頃が「イケメン」と話題!欧州外遊と激動の素顔
昭和天皇の若い頃が「イケメン」と話題!欧州外遊と激動の素顔にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。
若き日の裕仁親王を語る上で欠かせないもう一つの側面が、「科学者としての純粋な知的好奇心」です。教科書では軍服姿や政治的指導者としての側面が強調されがちですが、私生活における親王の本質は、終生変わることのない第一線の生物学者でした。
幼少期から自然観察を好み、東宮学問所時代には理学博士の服部広太郎らの指導を受けました。とりわけ葉山御用邸周辺の相模湾に生息するヒドロ虫類(刺胞動物)や変形菌(粘菌)に強い関心を示し、相模湾の海洋生物相の解明に生涯を捧げました。若き日には自ら採集船に乗り込み、ドレッジ(底曳網)を引いて泥まみれになりながら微小な海洋生物を選別する作業を至上の喜びとしていたと伝えられています。
周囲が皇太子、そして摂政宮として敬意を払う中、研究所の中枢にいる時だけは対等な一人の研究者であることを望みました。「雑草という草はない。どんな植物にも名前があり、命の営みがある」という名言に象徴されるように、権力争いや政治的思惑から最も遠い自然界の秩序に、親王は生涯にわたる精神の安らぎを見出していました。