【驚愕】山崎邦正の若い頃は超絶イケメン?アイドル時代と転身の真相
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ピン芸人として全国区になる前、山崎邦正はNSC同期の軌保博光(のりやす ひろみつ)と「GSX(ガンス)」を結成し、のちに「TEAM-0(チームゼロ)」へと改名して活動していました。吉本興業が東京進出を本格化させ始めた1980年代末から1990年代初頭、TEAM-0はその先鋒部隊として抜擢され、圧倒的なスピードで頭角を現しました。
1991年には若手芸人の登竜門である「第12回ABCお笑い新人グランプリ」で最優秀新人賞を獲得。ダウンタウンが司会を務める東京の公開バラエティ番組などにもレギュラー出演し、アイドル芸人としての階段を駆け上がっていきます。しかし、急速な人気の高まりとは裏腹に、二人の間には表現に対する決定的な温度差が生じていました。
正統派のお笑いやテレビタレントとしての成功を目指す山崎に対し、相方の軌保はより個人的なメッセージ性や芸術的な表現、自己表現の場を強く求めるようになっていきます。話し合いを重ねた結果、1993年9月にコンビは円満解散。その後、軌保博光は「てんつくマン」と改名し、路上詩人、映画監督、環境保護活動家、NPO法人の代表として独自のキャリアを切り拓きました。お笑いという枠組みを超えて社会貢献活動に打ち込む元相方の姿と、テレビの世界で泥にまみれながら生き残りをかけた山崎の道は、好対照を描きながらも互いに自立した表現者としての敬意で結ばれています。