アン・ジョンファンの現在|指輪の帝王から億越えタレントへの激変
アン・ジョンファンの現在|指輪の帝王から億越えタレントへの激変の注目されている理由をコンパクトにまとめました。全体像を一目で把握できます。
いまやテレビ番組の陽気なMCとして親しまれる彼ですが、そのフットボーラー人生は常に激動と波乱の連続でした。
2002年日韓ワールドカップ決勝トーナメント1回戦のイタリア戦。優勝候補を沈めた起死回生のゴールデンゴールは、世界のサッカー史に刻まれる伝説となりました。しかしその直後、当時所属していたセリエA・ペルージャのガウチ会長が「イタリアサッカーを愚弄した男に給料は払えない」と激怒し、理不尽な契約解除通告を突きつけた騒動は、今なお国際的なスキャンダルとして語り継がれています。
突如として欧州での足場を失いかけた彼を温かく迎え入れたのが、日本のJリーグでした。清水エスパルス(2002〜2003年)では繊細なボールタッチと勝負強さでスタジアムを熱狂させ、続く横浜F・マリノス(2004年)では、岡田武史監督(当時)のもとで圧巻の決定力を発揮。ステージ優勝および年間完全優勝の立役者となりました。Jリーグ通算72試合30得点という数字以上に、観客を魅了した華麗なプレーとプロフェッショナルな姿勢は、日本のサポーターの記憶に深く刻まれています。
その後、欧州再挑戦や母国Kリーグへの復帰、中国の大連実徳でのプレーを経て、2012年1月に36歳で現役引退を表明しました。引退会見の席で大粒の涙を流しながら語った「サッカー選手としてこれ以上ないほど走り抜いた。もう悔いはありません」という言葉の裏には、重なる膝の古傷や、限界まで肉体を削り続けたストライカーとしての矜持が凝縮されていました。決して中途半端な妥協ではなく、完全燃焼した末の潔い引き際だったのです。