なぜ倭や大和から日本へ?知られざる古代国号の変遷と誕生の真相

なぜ倭や大和から日本へ?知られざる古代国号の変遷と誕生の真相について詳しく解説いたします。専門家の見解をお届けします。

中国の史書『漢書』地理志や『後漢書』東夷伝に初めて現れる日本の国号が「倭(わ)」である。この倭国の読み方と由来については、長年にわたり複数の説が激しく衝突してきた。

漢字の成り立ちから「人」と「委(ゆだねる・したがう)」を組み合わせ、背が低く屈曲した人々、あるいは従順な民を意味する蔑称だとする解釈が古くから語られてきた。しかし近年の文化人類学や音韻論の成果では、現地の人間が自らを指して発した言葉(「わ」「われ」など)を当時の中国側が漢字に当てはめた「音写説」が極めて有力視されている。列島の人々が「わ」と自称した音に対し、従順を意味する都合の良い文字を当てたという見立てだ。

この倭の時代を象徴するのが、3世紀の『魏志倭人伝』に描かれた邪馬台国と倭の真相である。卑弥呼が治めた邪馬台国は、列島内に点在していた30ほどの小国を束ねる連合体の盟主だった。当時の列島社会には単一の強力な中央政権はまだ存在せず、「倭」とはあくまで中国側から見た東方の島々、およびそこに暮らす諸勢力の総称に過ぎなかった現実を浮き彫りにしている。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

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