水天宮総本宮の知られざる歴史と安産祈願の真実!混雑回避法も公開
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歴史の針を寿永4年(1185年)の春、壇ノ浦へと巻き戻す。平家一門の栄華が水泡と消え去ったその日、わずか8歳で入水した安徳天皇。その祖父である平清盛が築いた平門の栄光は海へと沈んだが、祈りの灯火まで消えたわけではなかった。
天皇の母である建礼門院に仕えていた按察使局伊勢(あぜちのつぼね・いせ)は、激戦を生き延び、落ち武者狩りの目を逃れて筑後の地へと逃れた。彼女は草庵を結び、海に沈んだ幼き主の御霊を慰めるため、密かに祀り始めた。これが現在の福岡県久留米市に鎮座する水天宮の起源である。
筑後川の水神信仰と融合しながら、いつしか川辺で生きる農民や舟人の守護神となり、やがて安徳天皇の母である建礼門院への敬慕とも重なり合い、「母と子を守る神」としての信仰が確立されていった。