壇ノ浦に沈んだ三種の神器の真相|安徳天皇と草薙剣の行方を追う
壇ノ浦に沈んだ三種の神器の真相|安徳天皇と草薙剣の行方を追うを徹底追究! 読者が気になる トピックの裏側を凝縮して配信します。
壇ノ浦で神器が水没する以前、京都ではすでに異例の事態が進行していました。安徳天皇が三種の神器を携えて西国へ逃れたため、都に残された後白河法皇は、1183年に安徳天皇の異母弟である尊成親王(のちの後鳥羽天皇)を即位させたのです。
これが日本史上名高い「神器なき即位」です。歴代天皇の中で、三種の神器が揃わない状態で践祚・即位した例は極めて稀であり、後鳥羽天皇はこの事実に生涯強いコンプレックスを抱き続けたと伝えられています。
草薙剣の回収不能が確定した後、朝廷は神祇官や陰陽師を動員して儀礼の正統性を補強しようと腐心しました。後鳥羽上皇がのちに鎌倉幕府に対して挙兵した「承久の乱」の背景にも、武士の台頭に対抗し、神器の欠落を乗り越えて自らの皇統の絶対的権威を示そうとした執念があったと歴史研究者の間で指摘されています。