宿敵から親友へ!スタローンとシュワルツェネッガー和解と共演の全貌
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2人の確執が決定的となったのは、1977年のゴールデングローブ賞授賞式でした。無名時代に自ら脚本を書いて挑んだ『ロッキー』で見事ブレイクを果たしたスタローンと、新人賞候補として同席していたシュワルツェネッガー。スタローンが手痛い落選を喫した部門でシュワルツェネッガーが受賞した際、見下すような視線を送られたと感じたスタローンは激怒し、テーブルの花瓶を相手に向かって投げつけたという伝説が残っています。
そこから80年代にかけて、2人の対立はエスカレートの一途をたどりました。『ランボー』と『コマンドー』、『コブラ』と『プレデター』など、相手がスクリーンで敵を10人倒せば次は20人倒し、相手が巨大なマシンガンを撃てばさらに巨大な重機関銃を担ぐという、過剰なまでのマウント合戦が繰り広げられたのです。体脂肪率の低さからスクリーン上の筋肉の付き方、映画の興行収入に至るまで、メディアを通じて激しい舌戦を展開しました。
この泥沼期を象徴する有名なエピソードが、映画『刑事ジョー ママにお手上げ』(1992年)をめぐる罠です。脚本を読んだシュワルツェネッガーは「完全な駄作だ」と見抜いていましたが、あえてスタローンの耳に入るように「自分が出演に強い興味を示している」という偽情報を業界内に流しました。宿敵に先を越されたくないスタローンは飛びつくように主役の契約を結び、結果として映画は歴史的大爆死を記録。後にシュワルツェネッガーはこの罠を仕掛けたことを認め、スタローンも「完全に一杯食わされた」と苦笑交じりに振り返っています。