渥美清の死因と病床の真相|享年68歳・最期まで隠した寅さんの美学
渥美清の死因と病床の真相|享年68歳・最期まで隠した寅さんの美学の基本情報から最新動向までを徹底的にカバーしました。
シリーズ第48作となった『男はつらいよ 寅次郎紅の花』(1995年12月公開)は、結果として渥美清さんの男はつらいよ 遺作となりました。この作品を改めて見返すと、初期や中期の作品と比べて寅次郎の動きが極めて限定的であることに気づかされます。
当時、渥美さんの体力は既に限界を迎えつつありました。撮影現場で渥美さんの異変を最も深く察知していたのが、監督の山田洋次氏です。後に明かされた山田洋次 渥美清 秘話によれば、山田監督は渥美さんから病状の詳細を直接告げられることはなかったものの、そのやつれ方や歩き方の変化から事態の深刻さを直感していました。
監督はあえて病気の核心には触れず、脚本を大幅に書き換えました。「寅さんが長距離を歩くシーン」を徹底的に削り、縁側や居酒屋の小上がりに「どっかと腰を下ろして語る場面」を中心に据えたのです。さらに、甥の満男(吉岡秀隆)と及川泉(後藤久美子)の若き恋愛模様を物語の主軸に据えることで、渥美さんへの身体的負担を極限まで分散させました。
特筆すべきは、1995年1月に発生した阪神・淡路大震災の被災地、神戸市長田区でのロケです。靴作りの町として知られる菅原市場の焼け野原に立った寅さんが、被災した人々に温かな言葉をかけるシーンは、日本映画史に残る名場面となりました。移動車の中では激痛に顔をゆがめ、横たわっていた渥美さんが、カメラの前に立った瞬間にシャキッと背筋を伸ばし、満面の笑顔で被災者へエールを送る姿は、まさに表現者としての命を燃やし尽くす行為そのものでした。