鮎川義介の家系図と子孫の現在|井上馨・久原房之助との血縁
話題沸騰中の 鮎川義介の家系図と子孫の現在|井上馨・久原房之助との血縁について、詳しいまとめを整理して公開しています。
長州藩士の家系に生まれた鮎川義介の家系図を紐解くうえで、最大の要となるのが元勲・井上馨との血縁です。鮎川義介の母・なかは、井上馨の兄である井上光遠の娘にあたります。つまり、明治政府で外務卿や大蔵卿を歴任した井上馨は、義介にとって「大伯父」という至近距離に位置していました。
この血縁が産業史上の決定的ドラマを生み出す契機となったのが、久原財閥の創業者である久原房之助との親戚関係です。久原の母もまた井上光遠の娘であり、鮎川義介と久原房之助は母親同士が実の姉妹、すなわち「従兄弟(いとこ)」の間柄でした。
第一次世界大戦後の恐慌や鉱山経営の行き詰まりで経営破綻に直面した久原鉱業を救済するため、親族と井上馨の後ろ盾のもとに登板したのが鮎川義介でした。義介は久原鉱業を改組して「日本産業(日産)」を設立。持株会社による公開企業化(大衆資本の導入)という当時としては極めて先進的な資本構造を採用し、のちの日産コンツェルンへと飛躍させました。