鮎川義介の家系図と子孫の現在|井上馨・久原房之助との血縁
話題沸騰中の 鮎川義介の家系図と子孫の現在|井上馨・久原房之助との血縁について、多角的な視点を整理して公開しています。
鮎川義介の生涯を検証する際、見逃せないのが現場技術者に対する畏敬の念です。東京帝国大学工科大学機械科を卒業した義介は、身分を隠して芝浦製作所(現在の東芝)で日当を稼ぐ職工として泥にまみれて働いた異色の経歴を持ちます。
自著『百戸の計』や当時の回顧録のなかで、義介は次のように述べています。
「机上の計算や机上の空論で事業は動かない。鋳物の砂の湿り気、火花の散り方を知らぬ者に、真の産業を興す資格はない」
この現場第一主義こそが、日立製作所の創業者である小平浪平との強い信頼関係を生みました。久原鉱業の鉱山工作課長として国産初となる5馬力モーターを自作した小平に対し、義介は一切の口出しをせず独立採算を認めて日立製作所を独立させました。資本と経営を切り離し、技術の力を信じ抜いたこの判断こそ、日本を代表する二大製造業が世界へ羽ばたく契機となったのです。