日航機墜落事故の原因はなぜ?圧力隔壁の修理ミスと隠された真相を徹底解説

日航機墜落事故の原因はなぜ?圧力隔壁の修理ミスと隠された真相を徹底解説に関する詳細情報を詳しくまとめました。詳細な解説をご確認ください。

運輸省(現・国土交通省)航空事故調査委員会が1987年に公表した日航機事故 事故調査報告書によると、墜落の引き金となった直接原因は、機体最後部に位置する「後部圧力隔壁」の損壊です。

問題の発端は、事故発生の7年前となる1978年6月2日、伊丹空港で発生した「しりもち事故(着陸時の機首上げ過大による機体尾部接地事故)」に遡ります。この際、破損した後部圧力隔壁下半分の交換・修繕作業を担当したのは製造元であるボーイング社の修理チームでした。しかし、この現場において致命的なボーイング社 修理ミスが発生していました。

本来の設計図面では、2分割された隔壁プレートを接合する際、荷重を均等に分散させるために1枚の連続した「接続板(スプライス・プレート)」を挟み込み、3列のリベットで強固に結合する指示がなされていました。ところが、現場の作業員は寸法が合わなかった接続板を2枚に切断して挟み込むという不正な処置を実施。その結果、最も強い負荷がかかる接続部において、リベットが実質1列しか効いていない状態で機体が引き渡されてしまったのです。

この杜撰な修理により、接合部の強度は本来設計の約70%まで低下していました。旅客機は飛行するたびに客室内の気圧を高め、着陸すると元に戻す「加圧・減圧サイクル」を繰り返します。123便はしりもち事故からの7年間で約12,319回ものフライトを重ねており、脆弱な結合部に激しい金属疲労が蓄積。1985年8月12日のフライトにおいて、ついに圧力隔壁が耐えきれず破断・開放に至りました。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest