ロマネスクリゾート霧島はなぜ廃墟に?倒産の真相と解体進まぬ現在を追う
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ロマネスクリゾート霧島が計画された背景には、1987年に制定された「総合保養地域整備法(通称:リゾート法)」の存在がありました。当時、日本全国の風光明媚な土地で大規模な保養地開発が奨励され、税制優遇や公的融資を追い風に、民間デベロッパー各社が過熱気味の開発競争を展開していました。霧島地域もまた、名湯として名高い霧島温泉郷や雄大な自然景観を武器に、富裕層向けの別荘・リゾートマンション適地として白羽の矢が立ったエリアの一つです。
開発主体となった企業は、九州各地で「ロマネスク」シリーズのマンション供給を行っていた不動産開発グループでした。霧島に計画されたプロジェクトは、単なる居住施設にとどまらず、温泉施設や展望ラウンジを備えた超豪華リゾートマンションとして設計され、バブル期の投資マネーを惹きつけました。1戸あたり数千万円から1億円前後の価格帯が想定され、ステータスシンボルとしての価値が華々しく喧伝されたのです。
しかし、栄華の構想はあまりにも脆く崩れ去りました。1990年代初頭の総量規制を皮切りとしたバブル崩壊によって不動産投機熱は急速に冷え込み、リゾート物件の需要は完全に蒸発。過剰な借入金に依存した開発スキームは立ち行かなくなり、売れ残りの山と巨額の債務を抱えた運営母体は資金繰り破綻へと追い込まれました。これが、いわゆるロマネスクリゾート霧島の倒産理由の根幹です。建物が完成を迎える前、あるいは稼働直後の段階で開発が頓挫したことにより、管理機能は完全に停止し、広大な敷地と鉄筋コンクリートの巨躯だけが現地に取り残されることとなりました。