縁切榎の真実|効果の噂と正しい参拝作法・絵馬の書き方を徹底解説

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都営三田線の板橋本町駅A1出口を出て、旧中山道の情緒が残る仲宿商店街方面へ歩くこと約5分。住宅や商店に囲まれたわずか数坪の敷地に、目指す「縁切榎」は鎮座しています。敷地内に足を踏み入れた瞬間、外の喧騒とは一線を画す独特の静けさと、幾重にも重なり合って掛けられた絵馬の厚みに圧倒されます。 この場所が「縁切り」の霊木として信仰を集めるようになった発祥は、江戸時代にまで遡ります。当時、旗本・近藤登之助の抱屋敷にあった榎(えのき)の大木が「縁切り」に結びつき、庶民の間で広く信仰されるようになりました。 歴史を語る上で最も有名な史実が、文久元年(1861年)、第14代将軍徳川家茂のもとへ降嫁した皇女和宮(かずのみや)のエピソードです。京都から中山道を通って江戸へ向かった和宮の行列は、婚礼の縁起が悪いとして縁切榎の前を通ることを頑なに避け、わざわざ板橋宿の手前に迂回路(新道)を整備して通過したと伝えられています。当時の幕府関係者や公家社会が、この榎の持つ断絶の力をいかに恐れ、かつ信じていたかを如実に物語る記録です。 なお、縁切榎(榎大六天神)にお祀りされている御祭神は、日本神話の神代七代(かみのよななよ)における第六代の神である淤母陀琉神(おもだるのかみ)と阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)の男女一対の神様です。単なる呪いの木ではなく、古くから神仏習合の歴史の中で正当に祀られてきた神聖な祭祀場であることが、現地を訪れるとよく理解できます。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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