京都・豊国神社なぜ今再注目?秀吉の出世開運と国宝唐門の真相に迫る
京都・豊国神社なぜ今再注目?秀吉の出世開運と国宝唐門の真相に迫るの疑問点について、専門知識を取りまとめてご紹介します。
境内正面に足を踏み入れた瞬間、参拝者を圧倒するのが豊国神社の国宝・唐門です。西本願寺、大徳寺の唐門とともに「京都三唐門」の一つに数えられるこの門は、伏見城の城門を二条城へ移築したのち、南禅寺金地院を経て現在地に移築されたと伝わる桃山建築の最高傑作です。
唐門を彩る極彩色の彫刻には、秀吉の権勢を象徴する細工が随所に散りばめられています。梁の上部に彫られた一対の鶴は「目合(めあ)わせの鶴」と呼ばれ、左右の鶴の視線が交差していることから「あまりの出来栄えに夜な夜な抜け出して飛び回ったため、彫刻師が目に釘を打った」という伝説が残るほど生命感に満ちています。屋根の優美な唐破風と精緻な金具の細工は、戦国を制覇した桃山文化の息吹を今に伝えています。
さらに、境内右手に位置する豊国神社の宝物館と骨喰藤四郎の存在も見逃せません。宝物館には、鎌倉時代の名工・粟田口吉光の手による重要文化財の薙刀直し刀「骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)」が所蔵されています。大友家から織田信長、豊臣秀吉、徳川家康へと渡り歩いた数奇な運命を持つこの名刀は、現代の刀剣ファンからも絶大な人気を誇ります。館内には秀吉が愛用した蒔絵の調度品や書状、狩野内膳筆の「豊国祭図屏風(重要文化財)」など、戦国一級の文化財が惜しみなく展示されています。