御茶ノ水の幽霊坂の由来とは?心霊スポットの真相と歴史の真実

御茶ノ水の幽霊坂の由来とは?心霊スポットの真相と歴史の真実の具体的な内容に迫る! わかりやすい言葉で紐解きます。

御茶ノ水周辺は、台地と谷が複雑に入り組む「坂道の博物館」とも呼べるエリアです。幽霊坂の歴史を体感しながら周辺の名所を効率よく巡る、編集部推奨のフィールドワークコースを紹介します。

スタートはJR御茶ノ水駅の聖橋口。駅を出たら、まずは神田川を見下ろす聖橋を渡らずに、南側の本郷通りを直進します。わずか徒歩2分ほどで、白亜の壁と緑青色のドームが美しいニコライ堂が姿を現します。1891年に竣工し、関東大震災後の修復を経て今に姿を伝えるこの大聖堂の東側側道へ回り込むと、目的地の幽霊坂の標識が静かに佇んでいます。

幽霊坂の緩やかな傾斜を南へ下りながら、足元の勾配を意識してみてください。かつてここにあった旗本屋敷のスケールを想像すると、現代のビル街の足元に江戸の土地区画が色濃く残されている事実に気づかされます。坂を下りきった先には、池波正太郎の小説でも名高い「神田まつや」や「かんだやぶそば」が暖簾を掲げる神田連雀町(現・神田須田町・淡路町)の美食街が広がっています。

幽霊坂を起点に、太田姫稲荷神社から「男坂」「女坂」が待ち受ける駿河台の西側へ抜けるルートは、約1.5キロメートル・40分程度で踏破できる手軽さでありながら、江戸城下町の立体的な都市計画を肌で感じられる極上のウォーキングコースです。

斉藤 蓮

斉藤 蓮

デジタルマーケティングコンサルタント

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

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