三島由紀夫の首写真と介錯の真相|市ヶ谷事件の記録と遺体返還の全貌

三島由紀夫の首写真と介錯の真相|市ヶ谷事件の記録と遺体返還の全貌の全貌を詳しく解説してご紹介します。

総監室に戻った三島は、上半身裸となって西面に向かって正座し、白鞘の短刀を自らの左脇腹に突き立てました。「うーん」という唸り声とともに深さ5センチ以上、右脇腹へと一文字に刃を引き裂く激痛の中、介錯人として背後に控えていたのが、三島が最も信頼を寄せていた森田必勝でした。

しかし、名刀関孫六を両手で構えた森田は、極度の緊張と精神的重圧から手元を激しく狂わせます。振り下ろされた第1刀は三島の頸部を外れ、背中と肩の筋肉を大きくえぐりました。三島が苦痛に身悶えしながら前へ倒れ込む中、森田は狼狽しながら第2刀を振り下ろすも、これも首の付け根に浅く打ち込まれただけで頸骨を両断するには至りませんでした。

三島が舌を噛み切ろうとのたうち回る凄惨な阿鼻叫喚の最中、見かねた小賀正義が「浩ちゃん、代われ!」と叫びます。居合道と剣道で卓越した腕前(居合道刀法二段・剣道三段)を持っていた古賀浩靖(楯の会会員)が即座に刀を奪い取り、姿勢を正して振り下ろした渾身の1太刀によって、ようやく三島の首級は絨毯の上へと転がり落ちました。

直後、森田必勝もまた三島の後を追うように腹に短刀を突き立て、古賀浩靖が一刀のもとに見事な介錯を完遂。介錯という武士道の古儀は、実戦における恐怖と凄惨を極めた末、古賀の冷静な太刀さばきによってようやく終焉を迎えたのです。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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