相撲茶屋と貴ノ花の真相|確執の歴史と名店ちゃんこの現在を徹底解明
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一方、料理店としてのルーツを辿ると、そこには昭和相撲史に不滅の足跡を刻んだ偉大な力士の物語が存在します。「角界のプリンス」として日本中を熱狂させた初代貴ノ花利彰 経歴は、昭和の大相撲を語る上で欠かせない象徴です。1950年に青森県弘前市で生まれた利彰氏は、元横綱・若乃花幹士(初代)を兄に持ち、細身で彫りの深い端正な顔立ちと、気迫あふれる取り口で絶大な人気を誇りました。決して恵まれた体格ではなかったものの、不屈の闘志で大関の座を50場所守り抜き、引退後は藤島部屋(のちの二子山部屋)を創設。若乃花・貴乃花の兄弟横綱をはじめとする数多くの関取を育成し、空前絶後の「若貴ブーム」を巻き起こしました。
この二子山部屋の隆盛を土台から支えたのが、部屋で毎日作られていたちゃんこ鍋でした。二子山部屋 ちゃんこ鍋の歴史は、初代貴ノ花の細やかな気配りと独自の創意工夫に彩られています。相撲部屋のちゃんこ鍋といえば、基本は鶏ガラを何時間も煮込んだ出汁で作る「ソップ炊き」ですが、二子山部屋では激しい稽古で疲弊した力士たちが飽きずに大量の栄養を摂取できるよう、味噌、塩、醤油をベースに、季節の野菜や肉、魚介を絶妙なバランスで組み合わせた多彩なスープが開発されました。
力士たちの強靭な肉体と粘り強い足腰を作ったこの本物の味わいは、部屋の秘伝として親方から弟子たち、そして親族へと受け継がれていきました。その本物の系譜を受け継ぎ、初代の出身地である青森の地で誕生したのが「相撲茶屋 貴ノ花」なのです。