河井寛次郎記念館の全貌|巨大登り窯と暮しが仕事の哲学に迫る
河井寛次郎記念館の全貌|巨大登り窯と暮しが仕事の哲学に迫るの総合ガイドをご紹介します。最新トレンドが満載です。
河井寛次郎記念館の暖簾をくぐると、外の喧騒が嘘のように消え去り、深く落ち着いた黒光りする欅(けやき)や松の柱梁が迎えてくれます。1937年(昭和12年)に建てられたこの河井寛次郎旧邸 京町家 建築は、寛次郎の実兄で大工であった河井茂吉らの協力を得て建てられたものです。京都の伝統的な町家造りをベースにしつつ、飛騨高山の農家や各地の民家建築の力強い骨組みを取り入れた独特の空間構成を持っています。
寛次郎は、思想家の柳宗悦や陶芸家の濱田庄司、英国人陶芸家のバーナード・リーチらとともに民藝運動を牽引した中心人物でした。彼らが提唱したのは、無名の職人による日用の雑器に宿る「用の美」です。東京・駒場にある日本民藝館 河井寛次郎の関わりを見ても分かる通り、寛次郎は民藝運動の創設期から深くコミットし、鑑賞のための美術品ではなく、毎日の生活の中で使われてこそ生きる工芸の美を追求し続けました。
旧邸の特徴は、展示品をガラスケース越しに眺める一般的な美術館とは根本的に異なり、家具、調度品、照明、囲炉裏、中庭に至るまで、寛次郎が生前に愛用したそのままの配置で保存されている点です。床に座り、吹き抜けから差し込む柔らかな自然光を感じていると、寛次郎が目指した「生活即芸術」の境地が肌感覚で理解できます。