日本の都道府県なぜ47?廃藩置県の謎と2026年最新データを暴く
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インターネット上で長年にわたり流布している有名な歴史俗説に、「県名と県庁所在地名が異なる県は、幕末に旧幕府側(朝敵)についたため明治政府から冷遇された」という説があります。 具体例として挙げられるのが以下の組み合わせです。
- 岩手県:盛岡市
- 宮城県:仙台市
- 茨城県:水戸市
- 栃木県:宇都宮市
- 群馬県:前橋市
- 三重県:津市
- 滋賀県:大津市
- 兵庫県:神戸市
- 島根県:松江市
- 愛媛県:松山市
ネット上では「戊辰戦争で官軍に抵抗した盛岡藩や仙台藩、会津藩に近い地域は、旧藩名(城下町名)を県名に採用させてもらえず、郡名を押し付けられた」と語られがちです。 しかし、内務省の公文書記録や歴史学研究の調査結果はこの俗説を明確に否定しています。 実際には、明治新政府に貢献した側(薩長土肥など)や親藩・官軍側であった県でも、県名と都市名が一致しない例が多数存在します。 代表的な反証が「三重県(津市)」「滋賀県(大津市)」「兵庫県(神戸市)」です。津藩は鳥羽・伏見の戦いで官軍側に寝返り維新に貢献しましたし、兵庫県は幕末の開港場として神戸の国際港化を推進した官軍直轄の重要拠点でした。 では、なぜ県名と都市名が分かれたのか。その真相は極めて実務的な行政判断にありました。 明治政府が1871年11月に発した布告では、府県の統廃合に際して「従来の城下町にとらわれず、新たな管轄地域の地理的中心や重要港湾、あるいは県庁を置く郡の名前を県名に採用する」という原則が取られました。城下町の封建的な権威を薄める狙いはあったものの、特定の地域を「朝敵だから」と差別して意図的に郡名を当てたという史料上の根拠はありません。都市伝説がもっともらしく広まった背景には、敗者側の歴史的ルサンチマンが後世に脚色された側面が強いといえます。 もう1つの盲点として、都道府県名の「語源」があります。
- 青森県:現在の青森市港町付近にあった、船の目印となる「青々とした木が生い茂る森」に由来。
- 愛媛県:『古事記』の国生み神話において、伊予国を「愛比売(えひめ=愛らしい姫)」と呼んだ神名に由来する、全国で唯一の神名由来の県名。
- 山梨県:甲府盆地に多く自生していた果実の「ヤマナシ」から採られたとする説が有力。
このように、各県の名称には古代の地誌『風土記』や神話、地形的特徴に根差した固有のストーリーが刻まれています。