ゴッホの絵『ひまわり』はなぜ53億円?全7作に隠された衝撃の真相を解説

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1888年2月、パリの喧騒と寒さに心身をすり減らしたゴッホは、まばゆい陽光と豊かな色彩を求めて南フランスのアルルへと降り立ちました。彼が夢見たのは、志を同じくする画家たちが集い、生活と制作を共にする理想郷「南方のアトリエ」の創設でした。その拠点として借り受けたのが、外壁が鮮やかに塗られた「黄色い家(ラ・メゾン・ジョーヌ)」です。

ゴッホはこの家に、尊敬してやまない年長の画家ポール・ゴーギャンを迎え入れる計画を立てます。弟テオに宛てた書簡には、「ゴーギャンが来てくれれば、このアトリエは本物の芸術の拠点になる」「彼の寝室を飾るために、大きなひまわりの絵で部屋を満たしたい」という熱烈な言葉が残されています。ゴッホにとってひまわりは、南仏の太陽の象徴であると同時に、ゴーギャンに対する最大級の敬意と、友愛の誓いそのものでした。

1888年8月のわずか1週間足らずの間に、ゴッホは猛烈な勢いで4作の『ひまわり』を一気に描き上げます。さらに翌1889年1月、ゴーギャンとの共同生活がわずか2ヶ月で破綻し、自らの左耳を切り落とすという悲劇的な事件を起こした直後にも、記憶と初期作をもとに3作の複製・ヴァリアントを制作しました。アルルで描かれた花瓶の『ひまわり』が全7作と呼ばれるのは、この初期の4作と、年明けに描かれた3作を指しています。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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