ニトリ似鳥昭雄の壮絶人生と経営哲学|落ちこぼれから巨富を築いた真相
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1967年、サラリーマン組織に適応できなかった似鳥氏は、親からの借金を元手に札幌市北区でわずか30坪の「似鳥家具店」を開業しました。これが現在に続くニトリの原点です。しかし、開業当初は接客が苦手なことも災いし、客足は全く伸びませんでした。近隣に大型家具店が進出してきたことで売上は激減し、資金繰りは逼迫。いつ倒産してもおかしくない極限状態へと追い込まれます。
絶望的な状況を打破した転機は、1972年の米国視察研修でした。流通コンサルタントの渥美俊一氏が主宰する「ペガサスクラブ」のツアーに参加した似鳥氏は、アメリカの豊かな住空間と、日本の数分の一の価格で統一感のある家具が手に入るチェーンストアの仕組みを目の当たりにし、雷に打たれたような衝撃を受けます。
「日本の住まいを、アメリカのように豊かにしたい」。この強烈な「ロマン(志)」と「ビジョン」を掲げた似鳥氏は、従来の家具店のビジネスモデルを根本から破壊。商品の企画から原材料の調達、製造、物流、販売までを自社で一貫して手掛ける製造物流小売業(SPA)モデルを構築しました。中間マージンを極限まで削ぎ落とし、高品質な商品を低価格で届ける「お、ねだん以上。」の仕組みは、こうして数々の逆境から誕生したのです。