ダンチョネとは?語源と意味の真相!舟唄や軍歌の哀愁史を徹底解説
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「ダンチョネ」を世に知らしめた原点は、ダンチョネ節 神奈川県三浦市の港町・三崎で歌い継がれてきた郷土芸能三崎民謡 ダンチョネ節にあります。三崎港は江戸時代から風待ち港として栄え、全国を行き交う廻船の船乗りや商人たちで賑わいを見せていました。
明治期から大正初期にかけ、三崎の花街や舟宿で芸者や船乗りたちが三味線に合わせて歌い崩した騒ぎ唄・舟唄が、やがて独特のリズムと哀切なメロディを持つ民謡として定着していきました。ここでダンチョネ節 歌詞 全文の中から、代表的な本調子の歌詞(代表番)を振り返ります。
【三崎民謡・ダンチョネ節の代表的歌詞】 沖の鴎(かもめ)に 潮どき問えば(ダンチョネ)
わたしゃ立つ鳥 波に聞け(ダンチョネ)
三崎高坂(こうざか) 船頭衆の出船(ダンチョネ)
沖で見送る 妻や子に(ダンチョネ)
逢うて別れて 別れて逢うて(ダンチョネ)
末は枯野の 芒(すすき)宿(ダンチョネ)
七七七五調の小唄形式で綴られる歌詞は、海原へ漕ぎ出す漁師の覚悟や港に残される家族の哀愁、旅情と無常観をありありと描写しています。三崎港の潮風とともに育まれたこの調べは、東京や横浜の花柳界、さらには学生たちのコンパソング(バンカラ節)としても伝播し、全国区の知名度を獲得していきました。