サウザー「省みぬ」の真相|非情な名言の裏にある哀しき過去と心理
サウザー「省みぬ」の真相|非情な名言の裏にある哀しき過去と心理にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。
読者の多くが抱く最大の疑問は、「なぜサウザーはあれほど非道な虐殺や圧政を行いながら、自らを省みることがなかったのか」という点です。その答えは、彼が15歳の時に経験したあまりにも悲劇的な儀式に隠されています。
孤児だったサウザーは、先代南斗鳳凰拳伝承者である師父オウガイに拾われ、実の息子以上の愛情を注がれて育ちました。しかし、南斗鳳凰拳は一子相伝。伝承者を決定する成人・皆伝の儀式において、目隠しをしたサウザーは襲いかかる刺客を反射的に迎撃し、その心臓を貫きます。目隠しを外した少年の前に倒れていたのは、血を流し微笑む師父オウガイの姿でした。「鳳凰拳の伝承者は、師匠を倒すことで完成する」という過酷な掟を知らされたサウザーは、最愛の師父を自らの手で屠った事実に打ちのめされます。
「こんなに哀しいのなら苦しいのなら……愛などいらぬ!!」という慟哭とともに、彼の精神は決定的な変容を遂げました。この過去を踏まえると、「省みぬ」という言葉の裏にある真実が浮かび上がってきます。
もし彼が立ち止まり、自分の歩んできた修羅の道を「省みて」しまえば、師父を殺害したあの日の激痛と、無実の民を苦しめてきた自責の念という濁流に呑み込まれ、自我が完全に崩壊してしまいます。精神分析学でいう「反動形成」(過酷な現実に耐えられないため、本心と正反対の極端な態度をとること)と「解離」(感情を完全に切り離すこと)を維持するためには、「一切過去を省みない」と叫び続けるしかなかったのです。「省みぬ」とは、強者の傲慢さではなく、張り裂けそうな心を保つための悲壮な防衛宣言でした。