若山富三郎の死因と最期の真相|弟・勝新太郎との絆と闘病の記録
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若山富三郎氏の没年月日は1992年(平成4年)4月2日、享年62(満62歳没)でした。死因として公表された診断名は急性心不全です。しかし、この突然の心機能停止を招いた根本的な要因は、長年にわたり氏の血管と内臓を徐々に蝕んでいた重度の糖尿病とその合併症にありました。
関係者や医療ジャーナリストの記録によると、若山氏は40代半ばから重度の糖尿病と診断されていました。しかし、昭和の大スター特有の豪放磊落な気質から、厳格な食事制限やインスリン療法を完璧に継続することは困難を極めました。肉体への過酷な負荷を厭わず、映画撮影では過激なアクションを自らこなすストイックさを持つ一方、私生活における美食や過密スケジュールが血管系へのダメージを蓄積させていったと伝えられています。
1980年代後半に入ると、糖尿病性腎症や心血管疾患の兆候が顕著化し、入退院を繰り返す闘病生活が本格化しました。1992年春、体調不良を訴えて京都府立医科大学附属病院へ入院。医師団による懸命の治療が行われていたものの、血管の動脈硬化が限界に達しており、4月2日未明に心不全を発症して息を引き取りました。