桐谷広人の若い頃が超イケメンと話題!棋士時代と婚約破棄の真相
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桐谷さんが株式投資を始めた直接の契機は、1984年頃に東京証券取引所や証券会社の将棋部で指導対局を行っていたことでした。「先生も株をおやりになりませんか」という証券マンからの勧めに応じる形で口座を開設。持ち前の研究熱心さと緻密な先読み能力を発揮し、折からのバブル景気の後押しも受けて、保有資産は瞬く間に3億円規模へと膨れ上がりました。
しかし、栄華は長く続きませんでした。1990年のバブル崩壊により、相場は一転して暴落の奈落へと突き落とされます。さらに桐谷さんを追い詰めたのが、自己資金以上のレバレッジをかけて取引する「信用取引」でした。
手記や特番インタビューで桐谷さん自身が語った当時の回想は、息を呑むほど壮絶です。「毎朝、証券会社から追証(追加保証金)の請求電話が鳴り響く恐怖で受話器を取る手が震えた」「株価を見るのが怖くて胃痙攣を起こした」という極限状態。追い打ちをかけたのが2008年秋のリーマンショックでした。3億円あった資産はわずか5000万円前後にまで激減し、一時は数千万円単位の事実上の借金状態・担保割れの危機に直面しました。
現金が完全に底をつき、日々の食費すら工面できない崖っぷちに立たされた桐谷さんを救ったのが、保有していた数百社から送られてくる「株主優待券」でした。お米券で主食を確保し、外食チェーンの優待券で飢えをしのぎ、衣料品や日用品の優待で身の回りを整える――。現在メディアで笑いを誘う「優待生活」の原点は、相場の地獄で命を繋ぎ止めるための、血のにじむような生活防衛手段だったのです。