El&P『ラヴ・ビーチ』はなぜ駄作と呼ばれたのか?解散の真相と再評価
El&P『ラヴ・ビーチ』はなぜ駄作と呼ばれたのか?解散の真相と再評価についての最新情報を徹底解説します。
『ラヴ・ビーチ』が誕生した背景には、過酷なアトランティック・レコードとの契約問題が横たわっています。1977年の大作『作品第1番(Works Vol. 1)』および『作品第2番(Works Vol. 2)』の制作とツアー運営により、バンドの財政状況は逼迫。レコード会社に対して契約上あと1枚のスタジオ・アルバムを納品する義務が残されていました。
当時の音楽シーンは、セックス・ピストルズやザ・クラッシュに代表されるパンク・ロックの台頭、そして世界中を席巻したディスコ・ミュージックの全盛期でした。いわゆるプログレッシブロック衰退期の荒波に晒される中、レーベル側は短くラジオでオンエアしやすいシングル・ヒットを強烈に要求します。バンド内の人間関係もすでに修復不可能なレベルまで冷え切っており、キースは長尺のインストゥルメンタルを追求したい一方で、グレッグはポップでキャッチーなバラード路線を志向し、カールはスタジオでの長時間のセッションに嫌気が差していました。
結果として、本作の完成と同時に3人は一切のツアーを行うことなく活動を凍結。まさにラヴ・ビーチが解散の理由を決定づけた作品であり、巨大化したロック・ビジネスのプレッシャーと創造性の摩耗が招いた必然の結末だったのです。