日光東照宮の三猿ストーリー!全8枚で描く人の一生と4匹目の真相
日光東照宮の三猿ストーリー!全8枚で描く人の一生と4匹目の真相の概要と注目ポイントを一挙に解説しました。
日光東照宮の豪華絢爛な建造物群の中で、この三猿が刻まれている「神厩舎」は、唯一の素木(しらき)造りです。ここで多くの参拝者が抱く疑問が、「なぜ神聖な馬をつなぐ馬小屋に、猿の彫刻が施されているのか」という点です。
この背景には、古代インドや中国から伝来し、日本の平安・鎌倉時代に定着した「猿馬信仰(えんばしんこう)」が存在します。
陰陽五行思想において、馬は「火」の性質を持ち、猿(申)は「金」や「水」を呼ぶ存在とされました。そのため古来日本では、「猿は馬の病気を防ぎ、健康を守る守護神」として信じられてきた歴史があります。中世の武家社会では、名馬を疫病や怪我から守るため、厩舎の梁に猿の頭蓋骨や毛皮を魔除けとして祀ったり、実際に猿を飼育する風習すらありました。神の乗り物である「神馬(しんめ)」を預かる日光東照宮の神厩舎に猿が配されたのは、極めて正統な伝統儀礼に基づいているのです。
また、「見ざる・言わざる・聞かざる」の思想的ルーツは、儒教の根本経典である『論語』顔淵篇の一節にあります。
「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、非礼勿動(礼にあらざれば視ることなかれ、礼にあらざれば聴くことなかれ、礼にあらざれば言うことなかれ、礼にあらざれば動くことなかれ)」
戦国乱世を平定し、260年に及ぶ泰平の世の礎を築いた徳川家康公。東照宮の造営を主導した幕府の知恵袋・天海大僧正らは、儒教・仏教(天台宗・密教)・神道が融合した「山王一実神道」の教義を具現化するにあたり、神の使い(日吉山王の神使)である猿を用い、乱世を二度と繰り返さないための「人間関係の調和と自制の美徳」を視覚的シンボルとして刻み込んだのです。