ムロツヨシの壮絶な生い立ちと母親への配慮|本名を隠す理由の真相
ムロツヨシの壮絶な生い立ちと母親への配慮|本名を隠す理由の真相の要点を丁寧に掘り下げてご紹介します。
親戚に経済的な負担をこれ以上かけまいと猛勉強を重ねたムロツヨシは、一浪の末に難関校である東京理科大学理学部数学科への合格を果たします。理数系の教員免許を取得し、堅実な職に就くことが恩返しになると考えての進学でした。しかし、入学式からわずか3週間で大学を中退するという電撃的な決断を下します。
この極端な決断の背景には、同級生たちとの圧倒的な温度差がありました。周囲の学生たちが「数学の学問そのものを愛し、将来の研究や目標に目を輝かせている」姿を目の当たりにした時、ムロは「自分はただ親戚を安心させるための肩書としてここに来てしまった」という激しい自己矛盾に襲われます。
自分の本当にやりたいことは何かと自問自答していたその時、偶然観劇した舞台で圧倒的な存在感を放っていた深津絵里の演技に雷を打たれたような衝撃を受けます。「自分もあちら側の世界、人を心から揺さぶる表現の世界に行きたい」と直感した彼は、周囲の猛反対を押し切って退学届を提出。逃げ場をなくした状態で役者の道へ飛び込みました。
しかし、現実は甘くありませんでした。劇団の立ち上げやオーディション落選が続く下積み時代は10年以上に及び、横浜の鮮魚市場での早朝アルバイトなどで食いつなぐ極貧生活が続きます。30歳目前で映画『サマータイムマシン・ブルース』(2005年)への出演を機に本広克行監督や福田雄一監督らと巡り合い、ようやく遅咲きのブレイクを果たすこととなりました。