元チェッカーズ高杢禎彦の現在|がん克服の真相と確執の結末
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福岡県久留米市で結成され、不良少年たちの固い友情で結ばれていたチェッカーズが、なぜ修復不可能な断絶を迎えたのか。その発端は、「提供楽曲からオリジナル楽曲への移行」に伴うクリエイティブと利権の変容にありました。
デビュー初期、売野雅勇氏(作詞)と芹澤廣明氏(作曲)のゴールデンコンビによる楽曲でメガヒットを連発していた時代、メンバー間の力関係は均衡していました。しかし、中期以降にメンバー自作の楽曲へシフトした際、メインコンポーザーとなった鶴久政治氏や藤井尚之氏、そして作詞をほぼ一手に引き受けた藤井フミヤ氏に莫大な著作権印税が集中することになります。演奏とサイドボーカルに徹していたメンバーとの間に、経済的・立場的な格差が急速に拡大していきました。
さらに、所属事務所からの独立を模索する過程で、フミヤ氏を中心とするグループと、事務所への恩義や現状維持を重視した高杢氏らの間で経営判断を巡る深刻な対立が発生。幼馴染という甘えが許されないビジネスの現場において、対等な友人関係から「利害関係者」へと変貌してしまったことが、決定的な亀裂を生んだ構造的要因です。