コルトレーン『ブルー・トレイン』名盤の真価!奇跡の布陣と歴史的経緯
コルトレーン『ブルー・トレイン』名盤の真価!奇跡の布陣と歴史的経緯に関する最新の話題を分かりやすく解説いたします。
『ブルー・トレイン』を語る上で欠かせないのが、なぜコルトレーンがブルーノートでこの1作しかリーダー作を残さなかったのかという契約の経緯です。当時、コルトレーンはライバルレーベルであるプレスティッジ(Prestige)と専属契約を結んでいました。しかし、ある事情からこの歴史的セッションが実現することになります。
ブルーノートの創設者であるアルフレッド・ライオンは、早くからコルトレーンの非凡な才能に惚れ込んでいました。専属契約を結ぶ以前、コルトレーンが経済的に困窮していた時期に、ライオンは将来的な録音を条件に前払いのギャラを手渡していました。その後プレスティッジとの契約が決まったものの、律儀な性格だったコルトレーンは「アルフレッドとの約束を果たす」として、プレスティッジ代表のボブ・ワインストックに特例の許可を取り付け、ブルーノートでの録音を敢行したという逸話が残されています。
当時のプレスティッジはリハーサルなしの一発録音で制作費を抑える方針が主流でしたが、ブルーノートは入念なリハーサル日を設け、その練習時間にも正規のギャラを支払う徹底したアーティスト至上主義をとっていました。十分なリハーサルを重ね、万全の準備を整えてスタジオ入りしたコルトレーンは、自らのオリジナル楽曲を極限まで磨き上げ、完璧なアンサンブルとして具現化することに成功したのです。