エノラゲイの悲劇とは何か?乗組員の壮絶なその後と展示論争の真相
エノラゲイの悲劇とは何か?乗組員の壮絶なその後と展示論争の真相とはどんな影響があるのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。
エノラゲイに直接搭乗していた12名の兵士たちのその後の人生は、決して一枚岩ではありませんでした。軍務としての正当性を生涯主張し続けた者と、眼前で起きた破壊のスケールに良心を揺さぶられた者との間には、明確な温度差が存在していました。
機長のポール・ティベッツは退役後も准将にまで昇進し、晩年に至るまでメディアのインタビューに対して「国から命じられた任務を完璧に遂行しただけであり、後悔は一切ない」と言い切りました。数百万の命を救うための軍事的決断であったとする立場を貫き、2007年に92歳で死去する際には「自分の墓が反原爆運動のデモや抗議の場になることを避けるため」として、墓石を建てず遺灰をオハイオ川に散骨するよう遺言を残しています。
一方で、副操縦士を務めたロバート・ルイスは、投下直後の機内で記録したフライトログ(飛行日誌)に次のような言葉を書き残していました。
「神よ、我らは何ということをしてしまったのか(My God, what have we done?)」
ルイスは戦後、製菓会社の幹部として働きながらも、広島の原爆乙女(火傷やケロイドの治療のために渡米した被爆女性たち)の支援活動に個人的に寄付を行い、テレビ番組『This Is Your Life』で被爆者である牧師と対面した際には言葉を詰まらせて涙を浮かべました。晩年には原爆のキノコ雲をモチーフにした木彫りの彫刻を自ら制作し、平和への祈りを捧げ続けるなど、心の内面に消えない葛藤を抱え続けました。