武田信玄の名言に学ぶ真意|人は城人は石垣と最強軍団の組織論
武田信玄の名言に学ぶ真意|人は城人は石垣と最強軍団の組織論を徹底追究! 読者が気になる トピックの裏側を分かりやすく展開します。
武田軍が「戦国最強」と称された最大の理由は、信玄個人のカリスマ性以上に「武田二十四将」をはじめとする強固な中間管理職層の育成にありました。
当時の戦国武将としては異例とも言える、信玄の人材登用における特徴は以下の3点に集約されます。
第一に、出自や身分にとらわれない実力主義です。身寄りのない牢人であった山本勘助を軍師格として抜擢し、百姓の出とも伝えられる高坂弾正(春日虎綱)を譜代家老にまで引き立てました。他国からの降将であった真田幸隆に対しても、その調略能力を高く評価して信濃先方衆の中核に据えています。
第二に、「失敗した部下」への再チャレンジ機会の付与です。信玄は一度の戦術的失敗で家臣を即座に断罪することを戒め、「一度の過ちで切り捨てれば、人は保身に走りリスクを取らなくなる」という思想を持っていました。信玄自らが家臣に宛てた起請文(誓約書)が多数現存している事実も、トップダウンの専制君主ではなく、対話を重視する「合議制リーダー」であった現場の生々しいリアルを物語っています。