東急自動車学校の閉校理由はなぜ?跡地の現在と二子玉川再開発の真相

東急自動車学校の閉校理由はなぜ?跡地の現在と二子玉川再開発の真相についての疑問解決ガイドをご紹介します。

東急自動車学校が二子玉川の地で半世紀以上の歴史に幕を下ろしたのは、2009年(平成21年)11月末のことでした。ネット上では「少子化による生徒減で倒産したのではないか」「経営不振による閉校ではないか」といった憶測が散見されますが、これは明白な誤解です。

世田谷区の都市計画資料および東急グループの公開記録によると、閉校の決定打となったのは、二子玉川駅東地区の広大なエリアを対象とした「二子玉川東地区第一種市街地再開発事業」の本格着工でした。東急電鉄(現・東急)が長年構想を描いていた「職・住・遊・学」が融合する都市再生プロジェクトにおいて、駅至近の一等地に位置していた教習所の敷地は、再開発のコアゾーンとして組み込まれることが必然だったのです。

昭和28年(1953年)の開設以来、同校は多摩川河川敷の開放的な景観を背景に、都内でも屈指のコース面積を誇る教習所として高い人気を博していました。しかし、民間企業である東急グループ全体の都市戦略において、一等地の低層利用(平土場の教習コース)を、複合高層ビル群や公共公園などの高度利用へと転換する経営判断が下されたことが、二子玉川からの撤退および移転の真相です。

小林 直樹

小林 直樹

トレンドリサーチャー

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

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