裸の大将の真相と再放送されない理由|山下清の実話とキャストの現在
裸の大将の真相と再放送されない理由|山下清の実話とキャストの現在を詳しくリサーチ! 読者が気になる 重要ポイントを分かりやすく展開します。
ドラマ版のイメージがあまりにも強烈なため、一般には「全国を旅しながら、親切にしてくれた人へのお礼にちぎり絵・貼り絵を置いていった」と信じ込まれています。しかし、美術史家や八幡学園の関係者資料、そして山下清自身の著書『放浪日記』を紐解くと、ドラマとは正反対の驚くべき真実が姿を現します。
山下清は、放浪の旅の最中に絵や貼り絵を制作することは一切ありませんでした。彼は画材すら携帯しておらず、手荷物はわずかな着替えと傘、茶碗程度でした。清は自ら体験した風景や人物の色彩、配置、細かな陰影までも、驚異的な映像記憶力(いわゆるカメラアイ)によって脳内へ寸分違わず焼き付けていたのです。旅から八幡学園や東京の実家へ戻ると、何ヶ月も、時には数年前に見た風景を、記憶の引き出しから寸分違わず引き出して一気にちぎり絵として再現していました。
旅に出た動機も、風雅な世捨て人の気まぐれではありませんでした。1940年、18歳を迎えた清は「軍隊に取られて兵隊になるのが怖かった」という切実な兵役忌避から最初の脱走・放浪を開始しています。さらに性格面でも、ドラマのような従順でお人好しな人物ではなく、手記では「みんながうそをつくから、ぼくもうそをつく」「まずい飯を食わされるくらいなら逃げたほうがましだ」と率直かつ冷徹に人間観察を綴る、極めて理知的で毒舌な一面を持ち合わせていました。