宮崎の奇勝・鬼の洗濯板はなぜできた?干潮の見頃と成り立ちを徹底解説
宮崎の奇勝・鬼の洗濯板はなぜできた?干潮の見頃と成り立ちを徹底解説の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。
宮崎の海岸線を走ると突如として姿を現す規則正しい縞模様。この波状岩の成り立ちを紐解く鍵は、今から約700万年前の新第三紀と呼ばれる時代に遡ります。当時、深い海底の底では、砂が堆積してできた硬い「砂岩層」と、細かな泥が沈殿してできた軟らかい「泥岩層」が、気の遠くなるような年月をかけて幾重にも積み重なっていきました。これが地学でいう砂岩と泥岩の互層(タービダイト相)です。
その後、フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下へ沈み込む強大な地殻変動エネルギーにより、この地層は約10度から20度の角度で東へ斜めに傾きながら海面上へと隆起しました。宮崎県や地質学会の学術調査資料が裏付けるように、ここから自然の精緻な彫刻作業が始まります。
海面上に現れた傾斜互層に対し、太平洋の荒波が容赦なく打ち寄せました。このとき、地質学的な形成理由の根幹をなす「差別侵食」が発生します。軟らかい泥岩部分は波の力で容易に削り取られて溝となり、石英などを多く含み硬質強固な砂岩部分は削り残されて畝(うね)のように海上に突き出たのです。硬度の異なる2種類の岩石が傾いて海面に頭を出したこと、そして外洋の強烈な波浪エネルギーが絶え間なく作用し続けたこと。この2つの条件が完璧に揃ったことで、世界でも類を見ない巨大な洗濯板状の地形が完成しました。
この極めて特異な景観的・学術的価値が認められ、昭和9年(1934年)には「青島の隆起海蝕崖および波状岩」として国の天然記念物に指定。日南海岸を象徴する第一級の自然遺産として手厚く保護されています。