朝鮮通信使の源流「回答兼刷還使」の真相と歴史の教訓
朝鮮通信使の源流「回答兼刷還使」の真相と歴史の教訓を詳しくリサーチ! 読者が気になる トピックの裏側を凝縮して配信します。
「回答兼刷還使」の読み方は「かいとうけんさっかんし」です。現代人には耳慣れないこの名称には、当時の朝鮮王朝(李朝)が抱えていた屈辱と警戒心、そして譲れない国家の主権が克明に刻み込まれています。
この使節名を分解すると、派遣の直接的な目的が浮き彫りになります。
- 回答(かいとう):日本側(徳川家康)から送られた国書に対して「返答する」という意味。自発的な修好使節ではなく、「日本側が頭を下げて国交を求めてきたから返事をしてやる」という外交儀礼上の優位性を示す立場をとりました。
- 刷還(さっかん):「刷」には連れ戻す・清めるという意味があり、文禄・慶長の役の戦乱で日本軍によって強制連行された自国民(被虜人=捕虜)を「救出し、祖国へ連れ帰る」ことを指します。
文禄・慶長の役によって国土を蹂躙された朝鮮側にとって、侵略者である日本は不倶戴天の敵でした。国内には対日講和に対する激しい反対論が渦巻いており、無条件の国交回復など世論が許さない状況でした。そこで朝鮮王朝は、「あくまで連行された同胞を救出するための臨時使節であり、日本への友好訪問ではない」という大義名分を掲げる必要がありました。これこそが、平時を意味する「通信使」ではなく「回答兼刷還使」という限定的かつ硬質な名称が選ばれた決定的な理由です。