最後の晩餐の意味とは?裏切りの真相とダ・ヴィンチが隠した謎を徹底解説
最後の晩餐の意味とは?裏切りの真相とダ・ヴィンチが隠した謎を徹底解説の真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉で紐解きます。
イタリア・ミラノにある世界遺産「サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会」。このドミニコ会修道院の食堂の壁に描かれたオリジナルを現地で鑑賞した人々は、教科書で見る鮮明な図版とは異なる、ある種の「生々しい儚さ」に圧倒されます。
ダ・ヴィンチは本作を描く際、漆喰が乾かないうちに一気に描く従来の「フレスコ技法」を採用しませんでした。完璧主義者であった彼は、筆を止めて何時間も思索に耽り、後から何度も修正ができるよう、乾いた漆喰の上にテンペラと油彩を重ねる実験的な技法を強行したのです。しかし、食堂の湿気と油彩の相性は最悪でした。完成からわずか20年足らずで壁面から絵の具が剥落し始め、16世紀半ばには「もはや何が描かれているかわからない」と言われるほど劣化が進んでしまいました。
その後、何世紀にもわたり無思慮な修復家たちによって粗雑な上塗りが繰り返され、一時はナポレオン軍の馬小屋として使われるなど、名画は幾度も破壊の危機に瀕しました。この状況を劇的に覆したのが、女性修復士ピニン・ブランビッラ率いるチームが敢行した20年超におよぶ歴史的大修復(1977〜1999年)です。
顕微鏡を覗きながら、過去の修復家たちが塗りたくった何層もの厚いワニス、汚れ、接着剤を1ミリ角ずつ慎重に除去する作業が続けられました。この大修復のビフォーアフターにより、後世の改ざんが剥ぎ取られ、ダ・ヴィンチ本人の筆によるオリジナルの色彩、テーブルクロスの繊細な刺繍、足元のディテールが数百年ぶりに現代へ甦ったのです。現在私たちが目にしている淡く透明感のある色彩こそが、ダ・ヴィンチが本来意図した真の姿です。