芽ネギ寿司の発祥はどこ?元祖名店の真相と誕生秘話を徹底解剖
芽ネギ寿司の発祥はどこ?元祖名店の真相と誕生秘話を徹底解剖とは一体何なのか? 詳しい意味を丁寧に紐解いて紹介します。
「芽ネギ寿司の発祥店」を辿ると、昭和40年代から50年代にかけての東京・新宿歌舞伎町に辿り着きます。その元祖として飲食業界や寿司愛好家の間で広く知られているのが、名店「すし和(すしわ)」です。
当時、夜の歓楽街として熱気を帯びていた新宿歌舞伎町では、酒を浴びるように飲んだ後の深夜に寿司屋へ立ち寄る常連客が少なくありませんでした。そうした顧客から頻繁に寄せられたのが、「酒の後でも重くなく、口の中の油っこさをすっきりと洗い流してくれる、さっぱりとしたネタはないか」という要望でした。白身魚や貝類、あるいはカッパ巻きなど既存のネタでは満足できない呑み手たちの舌を唸らせるため、当時の職人が厨房で見出したのが、当時料亭などで高級な汁物の吸口(あしらい)や刺身のつまとしてのみ使われていた「芽ネギ(別名:姫ネギ)」でした。
しかし、当時の寿司界において野菜を握る行為は「邪道」とみなされかねない冒険でした。細く頼りない青ネギの若芽をシャリにまとわせようとしても、バラバラと崩れてしまい握りとして成立しません。そこで職人は、繊細な芽ネギを美しく揃えてシャリの上に寝かせ、極細に切った干瓢や細い海苔の帯で丁寧に結び留める技術を考案しました。さらに、ネギ特有の青臭さを抑えつつ芳醇な風味を引き立てるため、シャリと芽ネギの間に削りたての鰹節を忍ばせ、極少量の醤油を刷毛で塗る仕立てを完成させたのです。
「最初は『板前さん、畑の草でも握る気か』と笑われた」と古参の職人たちが述懐するように、登場当初は一部の常連客向けの裏メニューに過ぎませんでした。ところが、口に含んだ瞬間に広がるシャキシャキとした軽快な歯ごたえと、ツンと爽やかに抜ける上品な香り、そして出汁の効いた鰹節の旨味が瞬く間に口コミで広がり、看板メニューへと押し上げられていったのです。