東声会の全貌と現在|銀座の虎と呼ばれた町井久之の軌跡と真実
今注目を集めている 東声会の全貌と現在|銀座の虎と呼ばれた町井久之の軌跡と真実について、詳しいまとめをご紹介しています。
東声会を語る上で欠かせない存在が、創設者である町井久之です。戦後の混乱期、焼け野原となった東京で頭角を現した町井は、鍛え上げられた肉体と類いまれな知略を武器に頭角を現しました。当時、闇市や歓楽街を巡って激しい縄張り争いが繰り広げられる中、町井は在日朝鮮人の青年たちを束ね、自衛組織的な性格を帯びた愚連隊を形成します。
彼らが本拠地としたのが、日本の富と歓楽の象徴であった銀座でした。既存の博徒やテキヤ組織を次々と圧倒し、クラブやバーの用心棒代(みかじめ料)を吸い上げるシステムを構築。「銀座の虎」という異名は、一度狙いを定めた獲物を決して逃さない冷徹さと、圧倒的な武闘派としての迫力から付けられたものです。
さらに、東声会の存在感を決定づけたのが、昭和の大スター・力道山との深い関係でした。町井と力道山は出自を同じくする者同士として固い絆で結ばれ、興行界の利権を一手に掌握。力道山の試合会場には東声会の構成員が警備として配置され、リングサイドの最前列には町井の姿が常にありました。プロレス興行の全国展開とナイトクラブ経営の成功により、東声会は莫大な資金力を手に入れ、他のヤクザ組織とは一線を画す「企業舎弟」「フロント企業」の先駆けとなったのです。