建築批評の巨人・長谷川堯の遺産と長谷川博己に宿る表現の美学
建築批評の巨人・長谷川堯の遺産と長谷川博己に宿る表現の美学の要点や背景を専門的かつ分かりやすくまとめました。全体像を一目で把握できます。
早稲田大学第一文学部で美術史を学んだ若き論客が、日本の論壇に鮮烈な打撃を与えたのは1972年のことだ。主著『神殿か獄舎か』において、彼は機能主義と合理化の名のもとに人間を圧迫する近代建築の欺瞞を徹底的に糾弾した。建築とは権力が市民を統制する「獄舎」なのか、それとも魂を解放する「神殿」なのか。この二項対立を軸に展開されたスリリングな論考は、当時の日本建築学会賞(論文賞)を受賞し、同業者間の馴れ合いに堕ちていた建築界に激震をもたらした。
権威に阿ることなく、一人の人間としての身体感覚から建築を問い直すスタイル。長谷川の筆致は、美辞麗句で飾られたモニュメントの裏側に潜む暴力性を暴き立てた。建築批評という営みを、専門家の技術談義から社会批評・人間探求の領域へと一気に引き上げた金字塔である。