皇籍復帰で注目の東久邇家とは?天皇家との深すぎる血縁と家系図の真相
皇籍復帰で注目の東久邇家とは?天皇家との深すぎる血縁と家系図の真相について詳しく解説いたします。最新の情報をお届けします。
東久邇家の歴史と血縁関係を正しく把握するために、初代から現在に至る系譜を整理します。東久邇家は近現代の日本史において、政治と皇室の交差点に位置し続けました。
初代当主の東久邇稔彦王は、終戦直後の1945年8月に「唯一の皇族出身の首相」として内閣総理大臣に就任した歴史的偉人です。混乱期の日本をまとめ上げた後、1947年に皇籍離脱(臣籍降下)し、民間人「東久邇稔彦」として102歳という天寿を全うしました。
その長男である盛厚氏と照宮成子内親王の間に生まれたのが、昭和天皇の初孫にあたる東久邇信彦(のぶひこ)氏です。信彦氏は学習院大学を卒業後、三井物産に勤務し、民間のビジネスマンとして堅実な人生を歩みながら、旧皇族有志の親睦会「菊栄親睦会」の幹事を務めるなど、皇室と旧宮家の架け橋として重責を担いました。2019年に74歳で逝去された後は、その長男である東久邇征彦(ゆきひこ)氏が現在の当主の座を継承しています。
また、盛厚氏と成子内親王の間には信彦氏のほかにも複数の男子(壬生基博氏など他家に養子入りした人物を含む)や孫世代が誕生しており、複数の男系男子が健在です。この確固たる系譜の広がりこそが、後述する皇位継承論争で東久邇家が注目され続ける最大の理由となっています。