細木数子と安岡正篤の電撃婚はなぜ無効に?昭和の怪事件と遺産裁判の真相
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遺族が最も警戒したのは、安岡氏が遺した膨大な社会的・経済的財産の行方でした。安岡氏には莫大な個人資産のみならず、数々の名著から生み出される出版著作権、さらには政財界の重鎮たちが集う財団法人「郷学研修所」など、有形無形の巨大な権利が存在していたためです。もし細木氏が法的な正妻として認められれば、それら巨額遺産の法定相続権を手に入れることになります。
婚姻届の提出からわずか数か月後の1983年12月、安岡氏は85歳でこの世を去りました。当事者の死亡によって事態はさらに緊迫し、争いは家庭裁判所の調停から東京地方裁判所での本格的な本訴訟(婚姻無効確認訴訟)へと移行します。
法廷闘争が泥沼化する中、1984年に事態は急展開を迎えます。裁判所の強い勧告もあり、両者の間で事実上の和解が成立しました。細木氏側が婚姻の無効を実質的に受け入れ、戸籍から安岡姓を抹消すること、ならびに遺産の相続権をすべて放棄することで決着を見たのです。こうして「昭和のフィクサー」の晩年を巻き込んだ騒動は、法的には細木氏の全面撤退という形で幕を閉じました。