暴走族・関東連合の真実|歴代総長の現在と六本木襲撃事件の深層
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関東連合が結成されたのは1973年のことです。当時、東京都世田谷区や杉並区を拠点に活動していた有力暴走族チーム――「永福町ブラックエンペラー」「宮前愚連隊」「烏山ブラックエンペラー」「用賀喧嘩會」「三鷹スペクター」などが同盟を結んだことが発端でした。単独チーム同士の抗争を避け、警察や他地域(特に大田区・品川区方面の城南地区や神奈川方面)の敵対勢力に対抗するための広域連合組織として機能したのです。
昭和期の関東連合は、特攻服に身を包み集団でバイクを連ねて走る典型的な暴走族スタイルでした。しかし、1980年代後半から1990年代にかけて世田谷・杉並の後輩世代が台頭すると、その性質は大きく変容します。暴走族特有の集団走行よりも「街頭での喧嘩」や「チーマー狩り」に重きを置くようになり、ストリートギャング化が加速しました。
歴代総長や幹部には、昭和の暴走族黄金期を築いた人物から、平成初期に凶悪化を推し進めた世代まで多彩な名が残されています。特に組織の方向性を決定づけたのが、1990年代後半に台頭した「永福町ブラックエンペラー」第19代目総長の見立真一や、「宮前愚連隊」を率いた柴田大輔(筆名・工藤明男)らの世代です。彼らは従来の暴走族の上下関係に絶対服従の恐怖支配を導入し、金属バットを使った容赦ない襲撃戦術を定着させました。これにより、関東連合は単なる不良少年グループから、暴力団幹部すら一目置く冷徹な武闘集団へと変貌を遂げていきました。