ハードゲイとは何だったのか?元ネタの真実とレイザーラモンHgの現在
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レイザーラモンHGこと住谷正樹の経歴を紐解くと、彼の卓越した身体能力とエンターテインメントの原点が学生時代にあることが分かります。兵庫県加古川市出身の住谷氏は、同志社大学商学部に進学後、名門サークルである「同志社プロレス同盟(DWA)」に所属。「ギブアップ住谷」のリングネームでエースとして君臨し、学生プロレス界でその名を轟かせていました。 このサークルの1年後輩として出会ったのが、後に相方となる出渕誠氏、すなわち現在のレイザーラモンRGです。2人は1997年に漫才コンビ「レイザーラモン」を結成し、心斎橋筋2丁目劇場などを中心に活動を開始。2000年には「ABCお笑い新人グランプリ」で最優秀新人賞を受賞するなど、当初は正統派のコント・漫才の実力派として注目されていました。 しかし吉本新喜劇に入団後、コンビは長い伸び悩みの時期に直面します。劇団内での差別化に苦しむなか、2002年頃のイベント公演において、先輩芸人らのアドバイスやプロレス的な自己演出の模索から生まれたのがハードゲイキャラ誕生の経緯でした。 * 学生プロレス仕込みの鋼の肉体美を最大限に露出するレザーコスチュームの導入 * 大阪・アメリカ村のSMショップで買い集めたレザーキャップ、チョーカー、サングラスの着用 * プロレスの入場シーンを彷彿とさせるハイテンションなマイクアピールとダイナミックな腰振り動作 当初は劇場の限られたマニア層に熱狂的な支持を受けるアンダーグラウンドなネタに過ぎませんでしたが、その異様なエネルギーは関西の舞台袖にいた関係者たちの目を釘付けにしました。