元大関・琴風の現在と波乱の経歴|奇跡の復活と名曲まわり道の真相
元大関・琴風の現在と波乱の経歴|奇跡の復活と名曲まわり道の真相の要点を分かりやすくまとめてご紹介します。
琴風の土俵人生を語る上で欠かせないのが、スポーツ医学の常識を覆した大怪我からの奇跡の復活です。佐渡ヶ嶽部屋(元横綱・琴櫻)に入門後、得意のがぶり寄りでスピード出世を果たした琴風は、1979年1月場所、前頭2枚目の土俵で悲劇に見舞われます。相手力士の内掛けを受け、右膝の内側側副靭帯および前十字靭帯を完全に断裂。当時としては力士生命の終わりを意味する致命傷でした。
当時は公傷制度の適用基準が厳しく、長期休場を余儀なくされた琴風の番付は、幕内から十両を通り越し、幕下西43枚目まで急降下しました。大部屋での雑用係へ逆戻りし、後輩力士からも好奇の目で見られる屈辱の日々。自著の手記では「何度も引退届を懐に入れ、夜な夜な涙を流した」と当時の絶望的な心理が赤裸々に告白されています。
しかし、師匠・佐渡ヶ嶽親方の「土俵の借りは土俵で返せ」という厳しい叱咤と、過酷を極めるウエイトトレーニング、患部を補強するテーピング技術の工夫によって驚異的な回復を見せます。1980年1月場所に幕内へ復帰すると、1981年9月場所には12勝3敗で念願の幕内最高優勝を達成。場所後に大関へと昇進を果たしました。幕下40枚目台まで陥落した力士が大関に昇進したのは、大相撲の長い歴史の中でも前代未聞の快挙です。