なぜ私たちは沼るのか?映画『愛がなんだ』が突きつける執着のリアル
なぜ私たちは沼るのか?映画『愛がなんだ』が突きつける執着のリアルの真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。
主人公・山田テルコが抱く想いは、甘やかな恋心というよりは、もはや生活のすべてを侵食する「執着」そのものだ。仕事も友人関係も後回しにして、呼び出されればどんな時間であっても都合をつけて駆けつける。原作・角田光代の鋭利な心理描写を、監督の今泉力哉は見事な会話の間と、日常の静けさを活かした空気感へと昇華させた。
結末に向けて描かれるのは、従来のラブストーリーが用意するハッピーエンドでもバッドエンドでもない、ある種の恐ろしい覚悟だ。「マモちゃんのなりたいものになりたい」と語るテルコの姿は、客観的に見ればあまりにも歪で痛々しい。しかし、今泉監督はその愚かさを決して裁かない。むしろ、愚かさの渦中にある人間の切実さと、そこに潜む究極の自己肯定の形を提示してみせる。片思いの極限状態が行き着くリアルな結末は、観客自身の過去の記憶を否応なしに呼び覚ます。