田沼意次は悪徳政治家か天才か?経済改革の真相と失脚劇の全貌

田沼意次は悪徳政治家か天才か?経済改革の真相と失脚劇の全貌の基礎知識と応用に迫る! 専門的な視点で紐解きます。

詳細を見る

田沼意次が主導した経済政策の根幹は、米を中心とする「農本主義」から、市場経済と通貨流通を重視する「重商主義」へのコペルニクス的転換にある。その具体的な功績は、現代のマクロ経済政策にも通じる多角的なアプローチで構成されていた。

第1に断行されたのが、商工業者による同業組合である株仲間の公認だ。従来、幕府は物価高騰の原因として商人組織を警戒・抑制していたが、意次はこれを公認して独占営業権を与える見返りとして、運上金(うんじょうきん)・冥加金(みょうがきん)という営業税を徴収した。これにより、天候不順に左右されない安定した国家歳入の柱を確立することに成功した。

第2に、銅、真鍮(しんちゅう)、朝鮮人参などの重要物資を対象とした専売制(座の設置)の拡充と、画期的な貨幣改革である。特に1772年(明和9年)に発行された「南鐐二朱銀」は、従来の重さで価値を測る秤量銀貨から、額面通りの価値を持つ計数銀貨への大転換を意味した。これにより金貨と銀貨の交換比率が固定化され、全国的な取引コストが劇的に低減された。

さらに意次の構想は、国土開発と対外交易にまで及んだ。下総国の印旛沼・手賀沼干拓事業では、度重なる水害を防ぎつつ江戸と北関東を結ぶ広大な水運ルートと新田の創出を目指した。加えて、仙台藩の医師・工藤平助が著した『赤蝦夷風説考』に強い関心を示し、最上徳内らを派遣して蝦夷地(現在の北海道)の本格調査を実施。ロシアとの交易による国富の増大まで視野に入れていた点は、鎖国体制下の日本において突出した国際感覚であった。

加藤 愛美

加藤 愛美

エンタメ専門ジャーナリスト

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest