金田正一の通算成績はなぜ不滅なのか?400勝と奪三振の真相

金田正一の通算成績はなぜ不滅なのか?400勝と奪三振の真相についての疑問解決ガイドをお届けします。

ネット上の掲示板や動画コメント欄などで定期的に浮上するのが、「金田はリリーフで出てきて先発投手の勝ち星を横取りしたのではないか」という批判的な見解です。確かに当時の公式記録員ルールでは、リリーフ投手の勝利判定に記録員の裁量が大きく関わっていました。しかし、実際の登板データを精査するとこの俗説の誤りが明白になります。

金田の通算400勝のうち、先発勝利は306勝、リリーフ勝利は94勝です。先発勝利だけで300勝を超えており、それ単体でも歴代歴代トップクラスの数値です。さらに、当時はリリーフ専門の抑え投手が確立されておらず、エース投手が接戦の終盤に火消しとして登板することは球団全体の至上命題でした。

1965年に金田は「天下の巨人で日本一になりたい」という強い渇望から、B10条(当時の移籍特権)を行使して読売ジャイアンツへ移籍します。すでに30代を迎え、左腕の限界が囁かれていた巨人時代でも47勝を挙げ、V9戦士の精神的支柱として1969年の現役引退までチームを牽引しました。背番号「34」は、国鉄・巨人を通じた偉大な功績を称えられ、巨人の永久欠番に指定されています。巨人在籍はわずか5年であったにもかかわらず永久欠番となった事実そのものが、チーム内外に与えた影響力の大きさを雄弁に物語っています。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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