徳田虎雄の波乱と遺産|Als闘病・政界進出の光と影を徹底検証
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2002年、徳田虎雄氏を突然の悲劇が襲います。全身の筋肉が徐々に動かなくなる原因不明の指定難病・筋萎縮性側索硬化症(ALS)の告知を受けたのです。手足の自由を奪われ、やがて自発呼吸も困難になり、気管切開によって声までも失いました。
一般的には社会活動の継続が極めて困難とされる極限状態にありながら、徳田氏は病院の経営権を手放しませんでした。人工呼吸器を装着した車椅子の上から、専属の看護師や秘書が掲げる50音の透明文字盤を使い、わずかに動く眼球の動きと「瞬き」だけで意思疎通を図る体制を確立したのです。
「あ・か・さ・た・な……」と読み上げられる文字に合わせて視線を走らせ、1文字ずつ言葉を紡ぎ出す。この気の遠くなるような作業を通じて、徳田氏は全国の病院長人事、新規病院の建設計画、さらにはブルガリアやアフリカ諸国への医療進出といった数百億円規模の大型プロジェクトを次々と決裁していきました。当時の側近や現場医師は、手記やドキュメンタリー番組の取材に対し「車椅子に座る徳田氏の眼光は恐ろしいほど鋭く、瞬き一つで幹部が直立不動になっていた」と証言しています。肉体の死を目前にしながら、精神力だけで巨大グループを牽引した姿は、医療界のみならず世界中に衝撃を与えました。