苦悩の梨の恐ろしい真相|中世拷問具の仕組みと後世の創作説
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これほど具体的かつ残虐なディテールが語られる苦悩の梨ですが、歴史学の世界で浮上する核心的な問いが「苦悩の梨は本当に実在したのか」という点です。結論から言えば、金属製の梨型器具自体は16〜17世紀から実在するものの、中世ヨーロッパの魔女裁判や異端審問で拷問器具として使われたという言説は後世の嘘と創作であることが判明しています。
中世から近世にかけてのヨーロッパ拷問史を研究する歴史学者クリス・ビショップ(Chris Bishop)氏が2014年に発表した画期的な調査論文をはじめ、近年の歴史考証によって以下の歴史的経緯が明らかになっています。
まず、同時代の公的拷問記録が存在しないという事実です。ヨーロッパの異端審問や魔女裁判は、自白を法的に有効化するために非常に厳密な書記記録を残していました。水責め、吊し責め(ストラッパード)、車裂きの刑などは詳細な執行調書が数千点単位で現存しているにもかかわらず、16世紀以前の裁判記録に「苦悩の梨」が登場した例は一件たりとも確認されていません。
では、この器具の正体は何だったのでしょうか。最古の信頼できる文献記録は、1619年に出版されたフランスの作家フランソワ・ド・カルヴィ(F. de Calvi)の著作に見られる盗賊カピテーヌ・プラリエ(Captain Poulailler)の逸話です。夜盗たちが強盗に入る際、家人の悲鳴を封じるために口へ押し込み、鍵を回して外れないようにロックした「内拡式猿轡(ギャグ)」として記載されています。つまり、本来は肉体を破壊する拷問具ではなく、強盗犯が用いた強固な猿轡だったのです。
さらに現存する器具の多くを検証すると、機械工学的に骨を砕くほどのトルク(回転力)を生み出せない華奢な真鍮製スプリング構造であったり、内部に鍵穴を持つ精密な錠前細工であったりします。これらは錠前職人が自らの技巧を誇示するために制作した「マスターピース(傑作見本)」、あるいは開口器や膣鏡といった初期の外科医療器具を、後世の人間が曲解したものである可能性が極めて高いと結論づけられています。